現職
・衆議院議員
| 常任委員会 |
内閣委員会 委員 文部科学委員会 委員 |
| 特別委員会 |
国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動並びにイラク人道復興支援活動等に関する特別委員会 委員 青少年問題に関する特別委員会 委員 |
・自由民主党(党務)
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国会対策委員会 委員 男女共同参画推進協議会 副会長 組織本部 女性局 次長 広報本部 文化・スポーツ局 次長 国際経済戦略特命委員 教育・文化・スポーツ関係団体 副委員長 商工・中小企業関係団体 副委員長 党改革実行本部 幹事 国際競争力調査会 幹事 |
・その他
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安全安心な社会を築く会 会長 NPO法人エコバイオ推進機構 副会長 明るい社会を築く女性の会 会長 武蔵浦和駅南ビル「マーレ」 理事兼営業本部長 関東古希ソフトボール連盟 会長 |
職歴
・埼玉県議会議員(平成13年6月~17年3月)
| 常任委員会 |
警察 委員長 環境防災農林委員会 副委員長 |
| 特別委員会 |
決算特別委員会 副委員長 地方分権 合併 財源対策 特別委員会 委員 少子 高齢社会特別委員会 委員 |
・自由民主党(党務)
| 埼玉県議会議員団 |
政務調査会 副会長 幹事 |
| 埼玉県連合会女性部 副部長 |
略歴
| 昭和24年10月 | 東京都荒川区尾久で生まれる。 |
| 昭和44年3月 | 東京都立赤羽商業高等学校卒業 |
| 昭和44年4月 | 日綿実業株式会社入社。 (現双日株式会社) |
| 昭和51年 | 東北新幹線建設賛成運動に参画。 新幹線建設にともなう通勤新線(埼京線)の併設。 武蔵浦和駅設置及び同駅周辺の治水対策など、実父中森巌太郎(元・浦和ケーブルテレビネットワーク株式会社代表取締役)とともに活動。 |
| 平成6年10月 | ショッピングセンター武蔵浦和駅南ビル「マーレ」の経営に参画。 安心・安全・健康をテーマに専門店60店舗を導入し、ビルの運営管理に従事。 |
| 平成13年 | 地球環境保全をテーマとした有機性廃棄物対策を推進するNPO法人エコバイオ推進機構設立に参画。 |
| 平成13年4月 | 自由民主党埼玉県連合支部女性副部長 |
| 平成13年6月 | 埼玉県議会議員補欠選挙にて当選 |
| 平成15年4月 | 埼玉県議会議員選挙にて2期目当選 |
| 平成17年9月 | 衆議院総選挙にて当選 |
生い立ち
中森ふくよは、東京都荒川区尾久に生まれ、叔父、叔母、従兄弟らと大家族で育った。
曽祖父は伊勢神宮の神主をつとめ西園寺公望、頭山満、宮崎滔天らとの親交も深く、東京での亡命先が不明とされていた中国革命の父「孫文」を、祖父の実家でもある群馬県の神保家から東京の中森家に匿っていた。(NHKで放映)。

父、中森巌太郎は、浦和・戸田・与野3市の沿線住民の猛反対で、大宮始発を余儀なくされていた東北新幹線の東京始発への助力を請われ、昭和52年、通勤新線(埼京線)の併設を条件に、新幹線建設推進運動を展開し実現。また、現武蔵浦和駅の開設、浦和ケーブルテレビネットワーク(現ジェイコムさいたま)の設立、発展の基礎を築き、長年、浦和市商店街連合会会長として地元産業の発展に寄与してきた。
中森ふくよは、総合商社ニチメンに就職しOL生活を送った後、父親の浦和への移住に伴い、父親の手伝いに従事してきたが、平成13年、埼玉県議会議員の補欠選挙に出馬し当選。県議会議員として14回にわたる「県と県民のタウンミーティング」を開催、多くの県民の要望の実現に努力してきた。主なものとしては、現在全国に広がっている歯科医に通院できない身体の不自由な人の歯科医師往診の復活を埼玉から実現。又、警察に犯罪防止の窓口としての生活安全局の設置、防犯ボランティア支援として「地域安全安心ステーション事業」を国会に働きかけ実現した。











